親方の部屋

思いつきを色々書きます

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真冬のロザリオ 4

category:エチュード

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そこまで聞いた時、隣の部屋に人の気配を感じた。それまで私は隣の部屋のことなど思いもよらないことで、しかしだからといって騒いでいたわけではなかった。
そんな私の変化に気づいたトシは静かに立ち上がって襖の前に行き『姉ちゃん、開けるよ。』と囁いた。
『マサ君が来とるんじゃろ?』
『うん。』
『これで何かこうてきんさい。』
『うん。』
私は何となく落ち着かない気持ちを抱えつつ黙って顔の前で右手を振った。トシは同じしぐさをミサにして見せ、私の"どうぞお気遣いなく。"の気持ちをうまく伝えてくれた。私が小声で、もうすぐ出勤かとトシに聞いたのだが、トシからも襖の向こうのミサからも返事は返ってはこなかった。
『トシ君。』と乾いた小さな声がした。襖の向こうにトシが消えて、ほどなく私を呼ぶトシの声がした。私は僅かに開いた襖を更に開け隣の部屋に一歩入り座った。
ミサがベッドに座っていた。白いパジャマに紺色のカーディガンを羽織ったミサは一回り痩せていて顔色はいつもにもまして白かった。雨垂れの名残りで濡れている窓ガラスを背にして、1つに束ねた長い髪を肩から胸のあたりに垂らせていた。弱く微笑んだ顔には少しだけ窓からの明かりが射し、首からさげたネックレスの先を優しく握っていた。
ネックレスはリュウがくれたもので、リュウの母親の持ち物であったらしかった。リュウがいなくなる前の日に首に掛けてくれたのだという。あれからミサは体が怠く、店にも出れなくなっているのだという。ベッドの脇に置いてある聖書に軽く手を乗せてミサは私に向かって
『トシ君と仲良くしてねっ。』と言った。
私はその後しばらく卒業後の進路についてとかいいアルバイトはないものかとかという自分の話題だけを軽薄にふりまき、ひとしきりしてトシの家を辞した。それがトシとミサを見た最後だった。
間もなく長かった梅雨が明けて夏休みになり、2学期になってトシが学校を辞めたと担任から報らされた。
夏休み中ずっと地元のスーパーマーケットでアルバイトに明け暮れていた私は呉市には行っておらず、担任から事情をそれとなく訊かれはしたが、むろん私に答えられることは何も無かった。