親方の部屋

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真冬のロザリオ 3

category:エチュード

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7月になっていたが雨の日ばかりが続いていた。その日はトシと待ち合わせして本通りに面したゲームセンターで、何をするともなくただダラダラと時間を過ごしていた。他校の生徒や中学生らしき数人もいて、薄暗い店内はいつもと変わらず煙草の煙とゲームの機械音で澱んでいた。ふいにトシが
『出ようや。オレんちに行こっ。来いや。』と言った。『来いや、オレんちに。』と続けた。
雨が上がり久しぶりに射す日光に少し気後れした二人はゲームセンターを出て本通りを少し歩いて山側へ道を折れた。日光を背にして登っていくと商店はすぐに住宅になり、住宅街の奥で道はアスファルトからコンクリートになっていて、少し勾配がキツくなった。振り返るともう本通り付近の街並みは一望でき、屋根という屋根全てが暖かく照らされていた。
道にはガードレールが無くなり、脇の溝との高低さが開いたあたりに名もない植物が小さな枝を揺らせていた。左に曲がると道は再び平らになり、静まりかえった古びた教会の脇をぬけて空き地に出た。そこにトシとリュウの住む小さな小屋があった。
トシの部屋を訪れるのはずいぶんと久しぶりだったが私はその変わり様に直ぐに気がついた。台所は片づいていて、何より"掃除"がなされていた。台所の続きの部屋に入り、カーテンを開き明かりを入れた。トシは私とお揃いのウォークマンを取りだし、手製のアンプにジャックを差して一拍おいてトルグを弾いた。アンプの先はマランツのスピーカーに繋がっており、澄んだ強い音色を放った。
アル・ディメオラのアルバムのA面が終わったのを潮に私はあの夜のことを訊ねた。
トシはぽつりぽつりと4月の初めころからのことを話し始めた。トシとリュウの兄弟は両親を早くに亡くして二人きりの生活だったが、亡くなった母親のつながりでこの教会に隣接した小屋に住まわせてもらっていた。リュウは高校を卒業後、港の近くのスクラップ置き場で臨時日雇いとして働き夜は昭和町のキャバレー『ハワイ』の呼び込み兼雑用係りをしていた。どちらの職場も暴力団『児玉組』のものであり、つまりはリュウはヤクザでチンピラなのであった。リュウにも真っ当な夢というものがあったのだろうが、リュウ自身がその夢についてどれほど真剣だったのかは私には分からないことであった。
ある日リュウが女を連れて帰ってきたという。『ハワイ』のホステスだという。山口県から流れてきた女で名前をミサといいリュウより一才若い20才だった。3年前からこの街に住み母親と二人で暮らしていた。ミサの母親はホステスとして働きながら昼間には部屋で焼き鳥屋の串を打つ内職をしていた。昼は暗いアパートの部屋で鳥のモツをひたすら差し、夜も暗いキャバレーで派手な化粧をして働いた。その母親が事件を起こし刑務所に入ってから2年が過ぎていた。
リュウとミサは好きあうようになり、店や組には黙って一緒に暮らすことにしたのだという。兄弟二人だけの暮らしは一変し、部屋に花が咲いたように明るくなり、トシにとっては毎日が夢気分で過ぎた。ミサは『ハワイ』では一番の売れっ子であり、真昼の明かりの下ではその肌の白さは眩しくて、まるで磁器の人形のようだった。母親を知らないトシにとってミサは初めて知る母性であり人の温もりであった。
トシにとって初めての家族の幸せはそう長くは続かずリュウによって突然壊された。『ハワイ』の呼び込み仲間のガンさんの話だと、店にオシボリやマット等をリースで納品する会社の社長と組んで金をちょろまかしたらしい。実際より数字を膨らませてその分の差額を分けたのだ。それであの夜ナルミ達が捜していたのだ。リュウはそれきり帰っては来なかった。