親方の部屋

思いつきを色々書きます

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真冬のロザリオ 2

category:エチュード

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先に食べ終えたトシがふいにこっちを向いて言った
『オマエ何で柔道なんかしよるんや?、ぶちたいぎいじゃろ?』
『ん、んん、まぁたいぎいのぉ。』
私は小学3年生の頃から父の意向で道場へ通っていた。
ここ数ヵ月父親とはぎくしゃくした関係が続いており、しかももう2週間以上会ってもいない私は、どうにも避けたい話題だった。私にとって父親とのことを考える時、柔道は切り離しては考えられない経緯があったからであった。
腹を極限まで空かせた二人が夢中で食べ終えた頃には店内のお客は全て引け、店じまいの雰囲気が漂っていた。暖簾はしまわれ、私が入口のガラス戸に目をやると、その瞬間に表看板の灯がおとされた。ガラス越しに向かいのキャバレーの電飾が強く浮き上がり、いよいよ呉の夜が深まりつつあることを告げていた。
その時、ガシャンという音と共にガラス戸が強く開けられた。夜の帳とともに一人の若い男が顔を見せ、私達二人の方を一瞥し後を振り返って言った『おい、やっぱりここへおったで。』と。男をよく見れば頭が大きく、更に目を引くのは鶏冠の様に盛り上げ固めた髪型だった。グレイのジャージにピンクの細いラインが入っている。女物のつっかけを履いている。男はこっちに顔を戻し『おいお前、ちょっとこいや。』と言い顎をしゃくった。
私はこの男を知っていた。歳は同い年だが中学からロクに学校へも行かずに街を仲間とたむろしている不良グループの一人だった。私は勝手に"パーマデブ"と名付けていた。パーマデブとは街で二度喧嘩になり二度とも邪魔が入り"水入り"したままだった。このグループには私の小学校時代の同級生"ツカモト"も入っていたが使いっぱしりをさせられていた。このグループにははっきりしたアタマがいて"ナルミ"といった。ナルミはアマチュアボクシングの中国ブロックの大会において、非公式ながら行われた14才以下の部門において優勝しており、そのことは県下の不良グループなら知らぬ者のいないことであった。
私はマズイ所で出会ったと冴えない気持ちになった。稽古の後で体はぐったりしており、更には満腹状態である。私でなくとも萎えただろう。しかしまさか逃げるわけにもいかず、またトシの手前ビビッた態度も見せられず、覚悟をきめてカウンターの椅子をはなれた。内側の暖簾をくぐり表へ出るとそこには数人の若いチンピラがいて私を全員同時に睨みつけてきた。私は後ろ手でガラス戸を閉め、無事に帰れることはあっさり諦めて、学生服の釦を上から1つづつゆっくりとはずしていった。斜め向かいのキャバレー『ハワイ』の入口に呼び込みの男とホステスが立ちこっちを見ている。ホステスは指に挟んだ煙草を溝に弾いて飛ばし、煙を細く吐いて踵を返し入口から店内に消えた。
私は、すぐに警官がくるだろうからそれまでやるだけやってやればいいと思っていた。二人くらいは伸してやろうと、どいつが先かと目を走らせていた。やっぱり流れから考えればパーマデブかなと思い、やっと三度目にして黒白がつくのかと、どこか他人事のように意識の角で思っていた。
正面のパーマデブとその右隣の男が同時に動いた。"来るぞ!"と反射的に右足を少し引いた時、男達の壁が割れた。後ろから見覚えのある男が正面に出てきた。ナルミだ。
前に会った時より一回り大きくなっており髪をポマードでべったりとなでつけていた。裸に晒を巻いてその上に白い背広、スラックスは黒で雪駄履き。スラックスのポケットに両手を入れ顎をつきだしてにやけながら『おぅ、久しぶりじゃのぉマサ』と言うと同時にものすごいボディーブローをくり出してきた。
私は受けた。腹筋の中心にかつてない強い衝撃をもらった。しかし私はそれに耐えた。衝撃は感じたが、痛くはなく恐怖も感じなかった。
ナルミは『ほぉ〜』と短く呟き、捜しているのはトシの兄貴なんだと私に告げた。
トシの兄貴はリュウといい私達より三歳歳上でヤクザのチンピラだ。ナルミは私と同い年だが組うちではリュウよりエライらしい。ナルミによれば前日からリュウの姿がどこにも見えず、組事務所にも"出社"してきていないらしい。
私は喧嘩騒ぎにならなかったのを内心ホッとしながら赤牛に戻り、トシにナルミからの話を伝えた。トシはどこか、来るものがついに来たといったふうな表情で頷いた。そしてグラスをあおり溶けかけの氷を口に含み、ガリリと音を立てて噛んだ。そして『今日はここでサイナラじゃ』と言いナルミ達と夜の呉の街に呑まれていった。