親方の部屋

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薔薇と桃

category:エチュード

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会場の照明の殆どが消され、各テーブルを真上から照らすスポットライトのみになり、数本のカクテルライトが会場内を落ち着かない雰囲気に照らした。
テーブルの真ん中からドライアイスの煙と共に、大きなクリスタルの皿に山盛りに積み上げられた新作チョコレートが競り上がってきた。盛り上げる音楽とライトの演出で驚きが最高潮に達した瞬間、大きな拍手がおきた。司会者の説明によれば、会場のテーブル全てのチョコレートを合計すれば二万個の用意をしてあるのだそうだ。50種類の味と香りが用意してあるらしい。
さらに、いつの間にかテーブル上には発泡スチロール製の可愛いデザインの蓋付き容器が置かれている。詰めれるだけ詰めて持ち帰って構わないと司会者は言っている。そして、全部のチョコレートの中に10個だけ"薔薇の香りがする赤いチョコレートコーティングの最新作"が紛れ込ませてあるのだと言っている。会場からはどよめきと悲鳴に似た歓声が上がった。

私は興味はわかず、入り口の壁に凭れてシャンパンを飲みながらぼんやりしていた。
そこへ3〜40人の学生服姿の男女がぞろぞろと下手から移動して来るのが目に入った。引率者の指導的な小声の言葉と胸につけたプレートから、食品製造や調理学科のある高校の生徒であるらしかった。
生徒達はみな手に手に容器を持って、笑顔満面で会場へと散って行った。
どの生徒もあちこちのチョコレートの山に張り付き、容器いっぱいに詰め込み、摘まんでは口に運んでいた。しかしよく観察してみれば、彼等彼女等はみな一様に薔薇の香りがする赤いチョコレートを、つまりは最新作の逸品を探しているのだということに気がついた。
遠くで中年らしい女性の声で「あったわよ〜、薔薇よ、薔薇。ローズよ〜。」との叫びが上がった。それをかわきりにしてか、少しずつ間をおいて同じようなことがあちこちで起きた。
中には男性が見つけた薔薇のチョコレートを恭しく同伴の女性に献じたり、またある場所では見つけた男性に多くの女性がおねだりをして周囲を羨望の空気に染めたりしていた。そんな、薔薇の香りに満たされた大人の空間の中で、生徒達はうかない表情をしていた。
茶色く髪を染めた女生徒の一人は「ねぇ、誰かみつけてよぉ。みつけて私にちょうだい。」と言っている。数人の男子生徒がそれを聞き、目を輝かせて発掘作業に再度熱を入れだした。
茶髪女子はまた同じ言葉をいった。それは、テーブルから離れて一人突っ立って俯いて静かにチョコレートを食べている背の高い男子に向かってのみ言っているように見えた。長身男子は俯いていた顔を上げ、優しくにこりと微笑んだ。
数人の茶髪女子が真似をして同じ様に「誰かみつけて私にちょうだい。」と言っている。中には薔薇のチョコレートではないチョコレートをプレゼントして冷たくあしらわれた男子もでてきた。
ゲームの時間があと僅かだと司会者が告げ、捜索中の男子達を煽り立てた。
指導教官が大声で、そろそろ集合しなさいと言っている。
そこへよく日焼けしたショートカットの女子がとぼとぼと俯いて歩いて戻ってきた。日焼け女子は長身男子の目を見た。長身男子は強く見返した。
そして長身男子は「ピーチのチョコレートならあるよ。誰かいらないかい。」と回りに聞こえるように言った。
茶髪女子達はみな残念そうにそっぽを向いた。
「ピーチだよ。」長身男子は一際強く言った。
「ピーチをちょうだい。」傍に寄った日焼け女子が言って、容器を長身男子の腰の辺りに差し出して蓋を少し開けた。長身男子はもう一度「ピーチだよ。」と念を推して指で一粒を摘まんで日焼け女子の容器に入れた。日焼け女子は黙って息を飲んで長身男子の目を見つめた。カクテルライトが日焼け女子の胸のプレートを真っ赤に照らし、また別のカクテルライトは長身男子の腰の容器を緑色に照らした。
二人は一瞬深く見つめあった後、少し離れて、またぞろぞろと歩きながら、会場を後にした。

私は繁華街に出てブラブラと歩きながら花屋の前で真っ赤な薔薇の花にふと目をとめて、迂闊にもその時になってあの時のあの二人の高校生の見つめ合った時の言葉にしなかった言葉に合点がいった。
私はあの二人の高校生が羨ましくまたいくぶん小憎らしかった。ずいぶんと知恵を使ったものだと感心した。また同時に、長身男子の思慮深さには拍手を贈りたい。

彼がこの先どんな女性とめぐり合おうとも今日の日の自分を忘れないでほしい。自分の周囲に、ピーチのチョコレートをちょうだいと言う女性をみつけて、そっと薔薇のチョコレートを渡してあげる男であり続けてほしい。
また日焼け女子にも同様に思う、将来、薔薇のチョコレートだよと言われて容器を出した後にピーチのチョコレートを渡されて悲しんだりしないでほしい。

私は一本の薔薇を買い、今夜のバーカウンターの隣に置いて飲むことにした。
少年の頃にみた夢を思い出していた。